FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

天路歴程

先日の教会での説教で、ジョン・バンヤンが書いた『天路歴程』を例に取ってのお話がありました。『天路歴程』は聖書についで、よく読まれている書物だそうですが、クリスチャン歴の浅い私は、お恥ずかしながら、その時初めて、その書物の名前を知りました。内容としては、天国へ巡礼する信仰者の物語なのですが、原文で読むと、わかりずらいそうです。それで、最初はマンガで読んでみることにし、早速、アマゾンで(十字架編を)購入して読んでみました。マンガであるうえに、厚さ5ミリ位の薄い冊子なので、あっという間に読めてしまいましたが、牧師先生が話しておられた、「約束」という名の鍵について、一切触れられていなかったので、少し残念でした。「約束」の鍵というのは、主人公が絶望王の領地内で懐疑城に閉じ込められてしまった時、その鍵で城の鍵を開けることを思い付いたとされるものです。主は私たちが絶望していても、希望となり、世の終りには必ず解放をもたらしてくださるということを信じていれば、どんな絶望をも恐れることはないと、『天路歴程』の中でも語られている、というお話でした。あと、その良い例として、東日本大震災後の助け合いが挙げられるとのことでした。震災後、人々は神にかたどって造られた人間の姿を取り戻したと牧師先生は言われます。福島第一聖書バプテスト教会の佐藤彰牧師のお話も教会でお聴きしましたが、普段の日常生活の中では見られない光景が、被災地にはあったのでしょう。持ち物をすべて失い、知恵や協調性や勇気や優しさなど、人の内なる物がすべての拠り所となった時、神様が私たちに望まれていた姿を自然と取ることが出来るのかもしれませんね・・・。

『天路歴程』は、いずれ原文で読んでみたいと思いますが、マンガも結構、面白いです。実際に原文ではどういう名前なのか、読んでみないとわかりませんが、登場人物が「助力者(ヘルプ)」だったり、「ヨワタリ・ジョウズ」だったり、「律法マモル氏」だったり、「オアイソ氏」だったり、「善意」だったりします。「絶望の人」というのも現れるので、牧師先生のお話に近い気はします。悔い改めることをしないので、檻から外へ出られないのです。

ルカの7章23節に「わたしにつまずかない人は幸いである。」とありますが、実際のイエス様は、「スキャンダル」の語源となった「スカンダロン」(「つまずく」の意味)というギリシャ語で言い表されたように、他のユダヤ教信者たちが眉をしかめるような事を、いろいろとされた方だそうです。目を塞いで通り過ぎたい事や考えたくない事を、あえて見て考える・・・。私も少しその傾向があるのですが、正直言って、疲れると思うことが、しばしばです。あまりいつも、そういう事に直面してばかりいると、本当につまずいてしまいそうなので、長い信仰生活の道のりを、ゆっくり、自分のペースで歩んでいけたら、と思います。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ペンシル2009

Author:ペンシル2009
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。