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サタンのふるい

[新約聖書 ルカによる福音書22章24~34節]

「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい(31-32)」

最後の晩餐の席で、イエス様がペトロの裏切りを予告する場面です。イエス様が十字架にかかって死ぬと宣言されているにもかかわらず、この中で誰が一番偉いかという議論に熱くなっている弟子達や、当然自分だろうと余裕を持ってその議論を聞いていたであろうペトロを前に、イエス様はこの御言葉を述べられたのでした。そして、その後ペトロは、「今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」とイエス様が予告された通りの事を、行ってしまうのです。

31-32節の御言葉で私が面白いと思ったのは、神様がサタンの行動を許した事です。サタンは神の力が信じるに価しないことを私たちに吹き込み、私たちを神様から遠ざけようとしますが、そのサタンの誘惑を使徒達に対してかけるよう、神様ご自身が導いておられるように思うのです。ですが、神様は決して、私たちから信仰を奪い、絶望させるためにそうされたのではなく、むしろ、信仰の大切さに気付かせるために、そうなさったのです。

サタンによってふるいに掛けられ、自己嫌悪に陥っている人間に、「信仰」という救いの道を、神様は用意してくださるのです。ペトロがふるいに掛けられた時、「残らなかった信仰」と「残った信仰」とがあると牧師先生の解説にありました。「残らなかった信仰」とは、ペトロの覚悟だとか、ペトロの自信だとか、ペトロの力、そういうものに支えられている信仰で、「残った信仰」とは、イエス様の祈りに支えられて立つ信仰だとのことです。私たちがどんなに誓いを立てても、困難に遭えば、容易にそれに打ち勝つことはできません。ですが、神様はそんな弱い私たちを、憐れんでくださり、赦してくださり、さらに、その困難を乗り越える力を与えてくださいます。神様は、ときにサタンを用いてまで、私たちを試練に遭わせ、打ちのめされるお方です。ですが、どんなに哀れな状況になっても、私たちを見守り、立ち直る道を用意してくださるお方でもあるのだと思います。このお方と共に歩める幸いに感謝し、信仰のある日々を送っていきたいと思います。
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