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ノアの箱舟

[旧約聖書 創世記6~8章]
[新約聖書 コリントの信徒への手紙Ⅱ12章7~10節]

アダムとエバが楽園を追放され、その子カインが弟アベルを殺害するという罪を犯し、さすらい人となった後の話です。時が過ぎ、人が増えるにつれて、地上には悪がはびこるようになりました。人を作ったことを後悔された神様は、「生めよ、増えよ。地に満ちよ」という祝福の言葉から一転し、人を滅ぼそうとなさいます。神様は大洪水を起こすことをノアに打ち明け、箱舟を作って、ノアの家族と、すべての生き物の1つがいずつをその船に乗せて、洪水から守られました。それが、「ノアの箱舟」のお話です。

その当時、「ネフィリム」という名高い英雄たちで、天上にいる神の子と地上にいる人間の女の間に生まれた子であり、強いパワーを持つ「半神半人」とされていた人たちがいました。しかし、神の子らが神様の意に反して自分のこだわりを優先させ、娘たちを選んで娶ったため、神様は人を作ったことを後悔されたのです。

こうした中で、ノアだけは神様に対し、従順な姿勢を持ち続けていました。ノアは神様を畏れ、御言葉に耳を傾け、祈りに生きていました。神様はこのようなノアにのみ、そのご計画を明かされたのです。

ノアにはある特徴があるといいます。水が地上から引いたと思われても、すぐに外へ出るようなことはせず、ハトを放つなどして、何度も確認をしています。そして、「箱舟から出なさい」という神様の言葉があって初めて、地上に降り立ったのです。そのことが示すように、ノアは「石橋をたたいて渡る人」だったのです。私が想像するに、どちらかというと人の目を気にし、また先の事を心配するようなタイプの人だったのではないかと思います。洪水の予告をしても周囲から相手にされず、狂人扱いされていたであろうノアですが、その心の内では、周囲からそのように思われていることを辛く思い、また、そんな中で、箱舟作りを完成させなければならないというプレッシャーによって、押し潰されそうな気持ちでいたのではないかと思います。そんなノアを支えたものは何だったか。それこそが、ノアの「信仰」だったといいます。

ノアに現れた信仰を示す箇所が新約聖書「コリントの信徒への手紙Ⅱ」の12章7節からにあるといいます。

「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ・・・・(省略)・・・・なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」

この箇所をいつどこで読んだか記憶していませんが、私の聖書にたくさん線が引いてあります。「弱さを誇るクリスチャン」という言葉があるようですが、おそらくコリントⅡの12章の記述が根拠となっているのでしょう。クリスチャンに成りたての頃、正直なところ、この言葉には違和感を覚えていました。どんな境遇や時代背景であれ、強くあろうと思っていなければ、人並みにも幸福にはなれないと思っていたからです。でも、だんだんに、この言葉の意味がわかるようになって来ました。憐れな状況に陥れば、他人から同情され、助けてもらえるとか、そんな事を言っているのではないと、自分なりに解釈したからです。人は自分の力に限界を感じ、自分が弱い存在だと認めた時、はじめて神様を求める気持ちになれるのではないかと思うのです。そして、そのように思えた時はじめて、神様が力を貸してくださるのではないかと思うのです。事業を成功させて巨額の富を得れば、同じ志を持つ人達から神様のように讃えられるでしょう。でも、幸福の絶頂にあって、神様を求めることは、難しいのではないでしょうか。バベルの塔を建てたように、神様をかえりみずに、どんどん塔を高くしていく事のみを追求してしまうように思います。それでも、税金や、金銭的にも精神的にも豊かな人たちの寄付などにより、実際に貧しい人たちや病気の人たち、災害に遭った人たちの生活が支えられているのが現実ではないでしょうか。嘘っぱちの信仰だと言われながら、寄付や奉仕活動が出来るものか・・・。この聖書箇所は、まだ何か深い意味が籠められているように思い、未だに私に疑問を残しています。

ノアは多くの人が神様を畏れることを忘れた中で、ただ一人、真実の信仰を追い求めた人でした。聖書に「狭い門から入りなさい」という教えがあります。

「狭い門より入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者も少ない。」(マタイ7:13-14)

ノアは石橋をたたいて渡る、むしろ大胆なことを不得手とする人だったかもしれません。でも、その弱さがあったからこそ、神様を畏れ敬い、どんな時も神様に対して従順でいられたのだと思います。誰もがノアのようではなく、人の特徴はそれぞれ異なります。ノアとは異なる方法で、信仰を証しする人もいるかもしれませんね。ただ一つ大切なのは、神様との関係を持ち続けることだと思います。御言葉に対する従順という「縦糸」と神様の御言葉による導きと守りという「横糸」がしっかり織り成された時、素晴らしい色や模様の布が織り上がるのではないでしょうか。
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