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正義と救いの実現(取り返すこと)

[旧約聖書 創世記14章1~16節]
[旧約聖書 ヨブ記]
[新約聖書 ルカによる福音書15章1~7節]

アブラムと別れ、低地へ移り住むようになったロトですが、ソドムが周辺国との戦争に負けることにより、財産を失い、捕虜として敵に連れ去られました。創世記14章は、アブラムがロトを救出し、ロトが失ったものを取り返したことについて書かれています。

実は、この短い聖書箇所に、聖書の根本的な考え方が記されているといいます。それは、「取り返す」という事の意味についてです。

「取り返し」について書かれている聖書箇所といえば、「ヨブ記」です。ヨブ記は「義人」であり、誰よりも神を畏れ、悪を避けて生きていたヨブが、サタンからの試みに遭い、財産を失った上、腫れ物に悩まされ、人生を呪うようになった後、信仰を取り戻すことにより、失った全ての恵みを取り戻す、というストーリーです。ヨブは7人の息子と3人の娘を死によって失いますが、最後に同数の息子と娘を得た後、子、孫、4代に渡る祝福を得て亡くなります。神様はサタンの力を借りてヨブに試練を与えますが(サタンの悪意に満ちた試みを許しますが)、ヨブがこの試練に打ち勝ち、かつ、信仰を取り戻したことにより、大きな恵みをお与えになったのです。このお話に見られるように、いったん失ったものを苦しみつつ「取り返す」時、私たちは神様のご臨在に触れ、神様からの大いなる祝福にあずかることが出来るのです。

「取り返し」について書かれている箇所が新約聖書にもあるといいます。「ルカによる福音書」15章の「見失った羊のたとえ」です。この箇所では、「徴税人」や「罪人」が例に取られ、語られています。「徴税人」とは、ローマの後ろ盾があることをいい事に、ゆすり、たかり、恐喝などを日常的に行っていた人達で、「罪人」とは、高利貸しやばくち打ち、売春婦などを指すそうです。イエス様はこのような人々と、当時礼拝の意味を持っていたとされる食事(パンという恵みを分かち合うこと)をなさっていたので、ファリサイ派や律法学者たちが、その事を責めたのです。しかし、イエス様は彼らに「見失った羊」のたとえ話をなさって、主がそのような人々にも再び恵みを与えようとなさって、探し出してくださることを語られたのです。

同じ「取り返し」でも、ヨブ記とルカのたとえ話とでは大分異なる気がします。まず、ヨブはいわゆる善人であったのに対し、ルカの方では悪人が取り上げられていることです。また、ヨブ記は1代の間に全てを失い、取り返すという凄まじいストーリーですが、ルカの方は、どうやって主の恵みを失ったかについては書かれていませんし、また、信じる側の苦悶については語られていません。あるいは、一人の徴税人、罪人の人生にスポットを当てるなら、ヨブのような経緯があったかもしれませんが、人の人生は千差万別、持って生まれた条件や性格的な要因などにもより、さまざまだと思います。しかし、いったん失ったものを「取り返す」という点で、神様との関わりにおいては、共通点があるようにも思えます。そして、「取り返す」ことは、「正義」と「救い」の実現なのです。

ヨブは恵まれた人でしたから、おそらく聖書の御言葉が甘い蜜のように感じられ、祈りの中で幸福感に満たされていたでしょう。ですが、ヨブが初めに持っていた信仰は、恵みに満たされたうえでの信仰です。薬のように、傷口にしみ込む痛みもなければ、それによって実際に癒されたり、成長したりすることも、あまりなかったのではないかと思います。それは、ある意味で「不幸」とも言えるのかもしれません。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである(マタイ5:3)」という御言葉は、聖書を読み始めた時に「おかしいな」と疑問に思った言葉です。この御言葉の意味は、人にイジワルな事をする人が選ばれて天の国へ入る、というものではなく、心が空っぽになっている人は御言葉をありがたくいただくことが出来るので、幸いだという意味なのですが、まさに、全てを失ったヨブやルカのたとえ話に出てくる人々がそうだったのではないでしょうか。神様は、ときに、サタンを用いてまで、私たちをそのような状態にまで陥れることのある方なのです。その時に、私たちは神様を信じられなくなり、サタンの思う壷に嵌ってしまったりすると思います。しかし、サタンはそんな私たちを救ってはくれません。神様こそが、そのような状態にある私たちに救いの手を差し伸べてくださる方なのです。今、ヨブ記を読んでいますが、注解書が必要なようです。失うものは物質的なものや健康だけではありません。人にとって最も必要なものは、「誇り」、「生きる意味」といったものではないかと思っています。そう思うのは、私が物質的に比較的恵まれているからかも知れませんが・・・。聖書のこのテーマと出会えて、幸いです。

※日本キリスト教団、梅が丘教会、広田牧師の説教を参考に書きました。
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