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人々はしるしを欲しがる

[マタイによる福音書 16章1~4節より]
 ファリサイ派とサドカイ派の人々がイエス様を試そうと、「天からのしるし」を見せて欲しいと言う場面です。ファリサイ派とサドカイ派はそもそも相容れない、対立する宗派。それが、イエス様を陥れようとする目的により結束し、供にやって来るのです。そんな人々に対しイエス様は「あなたたちは、夕方には『夕焼けだから、晴れだ』と言い、朝には『朝焼けで雲が低いから、今日は嵐だ』と言う。このように空模様を見分けることは知っているのに、時代のしるしは見ることができないのか。」と言って取り合わず、彼らを後に残して立ち去られたのでした。
 この箇所と合わせて牧師さんが紹介されたのが、「ヨハネによる福音書」5章39節の御言葉でした。それは、「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。」という所です。
 まだクリスチャンではなく、世間の価値観に漬かって来た私には、ファリサイ派、サドカイ派の人々が言いたかった事が少し理解できます。神の子として人から認められるためには、その証しが必要だと、彼らは言いたかったのでしょう。空模様を見て、その日や次の日の天気を当てる事が出来れば、人はその人を尊敬します。それは「しるし」を見せた事になるのでしょう。ですが、彼らは神の子であり、キリストであるイエス様に対し、その「しるし」を見せるよう、迫ったのです。数々の奇跡を世に残したイエス様ですが、人間達から奇跡を見せるよう、迫られて行なうというのは、不本意な事で、侮辱とも取れる事だったのでしょう。人を試し、自分が裁くという行為が当たり前な人間達にとって、絶対的な力を持つ神の存在を受け入れる事は、このように難しいのだと思います。そして、このような人間の罪深さ、傲慢さを捨てる事がクリスチャンには求められるのだと思いました。
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