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列王記(ヤロブアム~オムリ)

[列王記上15章25節~16章22節]
先日の牧師さんの説教は、イスラエルがダビデ、ソロモンの時代の後、2つに分裂した、その後の北王国の歴史についてでした。簡単に説明すると、初代王様ヤロブアムの治世の後、ナダブ2年、バシャ24年、エラ2年、ジムリ7日、オムリ12年と王が変わり続けます。その内、クーデターを起こしたのが、バシャとジムリとオムリ。ジムリに至っては、7日という在位の短さでした。バシャは比較的長く国を治めますが、彼は北イスラエル軍の勇士でした。ヤロブアムの息子ナダブに国を治める力量がなかった故のクーデターだったと言います。ヤロブアムは息子ナダブに王位を継がす前、バシャを退けておくべきだったのでしょうか。なんだか、どの時代も、どの国でも、人間のやる事は同じだなぁ、と思わされます。そして、最初はヒーローであったであろう、バシャも、ヤロブアムと同様、権力を乱用して、息子のエラの時代に滅ぼされるのです。その事を、聖書では「主の目に悪とされることを行った」から、と記しています。それでは、「主の目に善とされること」とは、どんな事なのでしょう?国を治める王の場合、「神の国の前進に貢献する歩みを行なう事」だとレジュメには書かれています。政治家や会社の社長さんにとっては、国や会社を腐敗させず、豊かに築く事が「主の目に善とされること」でしょう。では、何かを束ねる立場ではない、私のような人は?パウロは「エフェソの信徒への手紙」の中でこう書いています。「なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。」この「善い業」は「神が自分に望んでおられること」で、「使命」とか「召命」とか言われるそうです。自分自身に神様が望んでおられること、それを御言葉と祈りの中でつかみ取り、生涯かけてそれを全うする事が大切、とレジュメには書かれています。
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