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神と富と権力と

[新約聖書 マルコによる福音書12章28~44節]

この箇所でイエス様は、権威を振りかざし、見せかけの祈りをする律法学者達を批判し、わずかではあるが、生活費をすべて献金した貧しいやもめが、誰よりたくさん献金したと言われます。

この部分を読んで思うのは、人が持つ2面性についてです。豊かな生活や優越感を持ちたいと思わない人間など、存在しないと思います。神様に仕える人々の間にも、厳しい上下関係があって、そこは競争社会なのではないかと思います。スタンダールの『赤と黒』を読みましたが、主人公の男性は、有能で魅力的ながら、エゴや出世欲が強かったがために、破滅してしまうのですよね・・・。個人差はあっても、多かれ少なかれ、人とは、そのような存在なのではないかと思います。貧しさを好む人間など、一人もいないと思うのです。

では何故、わずかな生活費の中から心のこもった献金することを褒め称える神様を、人は求め、イエス様を慕うのでしょうか・・・?富や権力を与えてくれるからでしょうか?違いますよね・・・?罪深さゆえに、また、貧弱さゆえに愛されない自分を愛してくださり、苦しみを理解してくださるからではありませんか?よって、愛を求めない人、苦しいと感じていない人には、神様やイエス様はそれほど、ありがたい存在ではないのかもしれません。でも、病気や貧しさや孤独などと、現在は関わりなくても、そのようなものと関わり合う可能性というのは、誰にでもあると思うのです。だから人は、弱い者に対し優しさを示される、イエス様のような方を好きになり、尊敬し、慕うのだと思います。つまりは、未来の自分のためですね・・・。

つまり、人間は富や権力を求める1面と、愛を求める1面を持っていると思うのです。この2つが満たされないと、幸福だと思えないのです。

イエス様は律法学者の質問に対し、「イスラエルよ、聞け。わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」、「隣人を自分のように愛しなさい。」と、第一、第二の掟について語られています。

大きな矛盾を抱える私達人間が出来ること、また、心掛けなくてはいけない事は、この2つなんですね・・・。本質は変えられなくても、神様の創造物である私達には、これらを実践する事もできるのだと思います。そして、神様は、これらを行う可能性を秘めているがゆえに、人間を愛されるのだと思います。
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